連載記事<8回目>
紹興酒と中医養生
紹興酒に代表される悠久の歴史を持つ中国の黄酒は中華料理と深い関係があるのは言うまでもなく、中国伝統医学(中医学)とも切っても切れない関係があります。医食同源や陰陽調和の理論は紹興酒にも通じます。
▽百薬の長
紹興酒の糖化発酵剤として使われる酒薬と麦麹には麹菌、酵母菌以外に、乳酸菌や放線菌、バチルス菌など様々な自然由来の有用菌が含まれています。もち米と小麦などの原料からの栄養成分も多く、その発酵生成物がふくよかな味をもたらすだけでなく、体にいい成分もたくさん含まれていて、昔から滋養の酒と言われる故です。
約2千年前の歴史書『漢書・食貨志下』に「酒は百薬の長」と書かれていて、そこに「飲むは必ず適量とすべし」という文が続いています。その後の後漢時代の王允(137年-192年)は「養生」という書物の中で、70歳を過ぎてから養生の秘訣を総括して、「長寿の道は、気を養いて自らを守り、適時に酒を飲むことに在り」と記しています。
また、漢方では黄酒のことを「薬引」と呼んで、薬効を引き出す重要な補助原料として用いています。明の時代李時珍がまとめた本草学のバイブル『本草綱目』に記載された69種類の薬酒すべてに黄酒が使われていました。
1669年創業の中医薬の老舗「北京同仁堂」が特製の紹興酒を毎年1万甕(24ℓ)購入していたことがよく知られています。
▽高い栄養価
紹興酒のアミノ酸含有量は酒の中で群を抜いて高く、宝酒造の調べでは、アミノ酸総量が6670.9mg/L、日本酒の1.6倍、ビールの6.8倍、ワインの4.25倍となっています。さらに21種類もの天然のアミノ酸が豊富に含まれており、8種類の必須アミノ酸もそろっています。
そのうち、回復系アミノ酸として有名なオルニチンは1本(640ml)の紹興酒にしじみ200個分が含まれているといい、ワインのおよそ19倍、日本酒のおよそ27倍にも上ります。そのほか、ポリフェノールが111.15 mg/L、多糖類が10.51g/Lと含有量が多いです。またカルシウム、マグネシウム、カリ、リン、鉄、銅、亜鉛、セレンなど30種類以上のミネラルが人体に吸収されやすい形で含まれています。
紹興酒は原料の小麦は皮ごと発酵させているので、ポリフェノールの量も多く、もう一つ注目されているのは様々な効果が期待できるα-GABAです。古越龍山の加飯酒に遊離GABAは126mg/Lも含まれています。また紹興酒は発酵時間が長いため、ビタミンの宝庫と言われる酵母細胞から溶脱するビタミンも多いと言われています。
中医学の大家徐文兵氏によると、中国人は冷え性の人が多く、体を温める効果のある紹興酒が体に合うそうです。日本人の体質も似たところが多く、「寒」性のワインより、「温」性の紹興酒が向いていると言えます。
▽習わし
日本でおなじみのお屠蘇は一年間の邪気を払い長寿を願って正月に呑む縁起物の酒ですが、実は中国の唐の時代からあった風習です。北宋の文学家王安石(1021年-1086年)が「元日」という漢詩に、「爆竹声中一歳除、春風送暖入屠蘇」(爆竹の音を聞きながら一年を送った。暖かい春風のなか、屠蘇を飲む)と書かれています。
日本の平安貴族の正月行事に使われて、江戸時代には一般庶民の口にも入るようになるまで広まったそうですが、一方中国ではすでにその習慣が無くなってしまいました。
また、昔は厄除けをするために、端午の節句に黄酒などに微量の雄黄(ゆうおう)を加えた「雄黄酒」を飲む風習も長く続きました。雄黄はヒ素の硫化物で毒があるので、扱いに注意が必要で、今は飲まなくなりました。
約1400年前の唐の時代に、李白の才能を認めて、身分の象徴でもある貴重な装飾品金亀を売って酒に換え、李白とともに一時を楽しんだという「金亀換酒」の故事で知られる詩人賀知章は晩年故郷の紹興に戻り、86歳まで長生きしたと伝えられています。同じ紹興出身で、1万首近くの詩が今に伝わる古今第一の多作詩人として知られる南宋の陸游も紹興酒をこよなく愛し、85歳までとその時代にしてはとても長生きです。
2019年に111歳で逝去された中国醸造学の泰斗秦含章は長寿の秘訣を聞かれたとき、よく昔から紹興酒が好きだと答えたそうです。93歳まで天寿を全うした中国の最高指導者だった鄧小平が晩年お医者さんのアドバイスを受けて毎日古越龍山の紹興酒を飲んでいたことが娘が書いた伝記で明らかになり、1993年9月に香港で本が発行されると、瞬く間に紹興酒のブームが起きました。
2015年の調査によると、紹興市で100歳を超える年寄りは319人。その多くは毎日紹興酒を少し飲まれているそうです。2017年の統計では、紹興酒をよく飲む地域である上海人の平均寿命は80.26歳、紹興市は79.69歳、全国平均74.84歳より5歳ほど長いのです。ほかの要因も様々あるでしょうが、その原因を突き止めて、人々の健康に寄与できるといいですね。